へび泥棒

 言い伝えも、所変われば変わるもので。


「ご隠居、ごめんくだせぇ」
「誰だいこんな夜分に。おや熊吉じゃないか。どうしたんだい」
「突然すみません。あの……、へびと泥棒のことなんですが」
「何だって?」
「ですからへびと泥棒どっちかってことを聞きたいんで。へい。これさえ聞いたら帰ります。ではさようなら」
「こらこら待ちなさいって。へびと泥棒がどうしたって?」
「あ、こりゃすみません。実はあっしの倅(せがれ)のことなんですがね、夜に口笛を吹くもんだから叱ったんですよ。『夜に口笛吹いたら泥棒が来るぞ!』って。そしたらうちのかかあが『何言ってんの! へびが出るのよ!』と言ってきまして、そこからちょっとした言い合いになったんです。あっしの方が合っているのにかかあは一歩も引こうとしない。で、そこからもう大喧嘩ですよ。『そんなに言うことが聞けないならこの家から出てけー!』ってなもんで、……追い出されてきやした」
「なんだい、熊吉が追い出されたのかい」
「そういうことなんで、ご隠居にどちらが正しいのか教えて頂きたいんです」
「そうか、よく分かった……ような分からないような。ふ〜む、へびと泥棒ねぇ。言い伝えだからね、地方によって色々あるんではないかな」
「いやいや、どちらか一方にして頂かないと、家にどういう態度で帰れば良いのやら……」
「ふ〜む、それなら実際にやってみてはいかがか」
「えっ!? やってみる!? それでもし本当に泥棒が来たらどうするんですかい!?」
「そこは力自慢の熊吉が取り押さえれば」
「簡単に言ってくれますけど……。そ、それじゃあもし蛇が出たら……」
「そしたらこの火炎放射器で……」
「あるんですか!?」
「いや無いが、ここにカゴがあるでな、これで捕まえれば良いじゃろう」
「そんなにうまくいきますかね」
 ブツブツ言いながらも熊吉は泥棒とへびを迎え撃つ準備をし、ご隠居に合図を送る。
「よし、では口笛を吹くぞ。ふぅ−、ふぅー」
「……」
「ふぅ−、ふぅー」
「……」
「ふぅ−、……フー!
「ご隠居! 口で言ったって駄目ですって!」
「口笛なんぞ吹いたことがなかったのでな。すまんが熊吉やってくれ」
「ご隠居にもできないことがあるんですね。ウシシシシ」
「変な笑い方をするな」
「ではあっしがやりますんで、見て下さいよ。ふぅ−、ふぅー。あれ?」
「……」
「ひゅー、あれ?」
「……」
「ふぃ−、ふぃ−、……フーーー!
「熊吉もできないのか。しょうがないねぇ」
「あっ、それじゃあ倅の定吉を呼んできますよ。ああ見えてアイツは吹けるんですよ」
「知っておる。吹いたからこんなことになっているんだ」
「じゃあ待ってて下さい!」
 そう言うと熊吉はピューと家へ行き、定吉を連れて来ました。
「さぁ定坊、口笛を吹くんだ」
「おっ父、さっき怒ったじゃないか。それにオイラへびが怖いから吹かないやい!」
「大丈夫、へびは出ない。泥棒が出るんだ」
「もっと嫌だい!」
「その時はおっ父がやっつけるから。ほら見ろ、この武装を。防具に木刀に核ボタン。完璧だ」
「定坊よ、私もどちらが来るのか見たいのでな、口笛を吹いてみてはくれんかの」
「……う〜ん、ご隠居のじっちゃんがそう言うのなら……」
 定吉は思いっきり息を吸い込むと、ピィーーー! と真っ暗な夜の空に高い口笛の音を響かせた。
 3人は緊張した面持ちで待っていたが、半時もすると緊張も解け、ウトウトし始める。その時だった。玄関からガタッという物音が!
 3人は恐る恐る玄関の方へ近づいた。完全武装した熊吉が2人を制し、玄関の前へ立つ。
 ガラガラガラッ!
 思いっきり戸を開けると、熊吉は驚いた。
「うわぁ! どどどど泥棒が!」
「泥棒か! 熊吉の言う通りじゃったな!」


「へびに噛まれて死んでいるっ!」