フラれたので髪を切る

 今日は初めて床屋に行った時の話。
 中学に上がるまでは母に切ってもらっていた。母も面倒くさくなったのだろう。金やるから床屋行けみたいなことを言い、私にお札を渡した。初の床屋。ドキドキだ。
 カランコロンカラ〜ン
「いらっしゃいませ〜」
 若い男性店員がだるそうに挨拶をした。小さい店で、平日だからなのか店員は一人しかいなかった。
「今日はどうなさいますか〜」
 せっかく床屋に来たのだ。私は流行の最先端の髪型を注文した。
「スポーツ刈りで」
「かしこまりました。上の方は揃えますか? それとも自然な感じで?」
「あ、はい、自然な感じで」
 私はこの「自然な感じ」という言葉がいたく気に入り、全部に使った。
「もみあげはいかがなさいますか?」
「自然な感じで」
「サイドは刈り上げますか?」
「自然な感じで」
「前髪は?」
「自然な感じで」
 すると店員。
「お客さん! ”自然な感じ”ってなんスか!?」
 えー! アンタが言ったんじゃん!
「い、いや……、あの、普通な感じで」
「普通じゃ分かりません!」
 いやいや、普通のスポーツ刈りだよ。分かるだろう。
 しどろもどろしていたら、適当にカットし始めて、適当に「終わりました」とか抜かしやがった(まぁ普通のスポーツ刈りにはなっていたが)。その日以来、二度とその店には行かなかった。


 数年ぶりにその店の前を通ったら、案の定潰れていた。自然な感じで。